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[野迫川村のマージナルな森](第4話)多種共存の森づくり
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- 小泉 潮(野迫川村役場)

スギやヒノキの巨木がそびえ立つ荘厳な森。静謐な光が降り注ぐブナやナラの森。濃密な生命力に満ちた亜熱帯の森――。 皆さんが思い浮かべる「森の風景」とは、どのようなものでしょうか。
私の記憶に深く刻まれているのは、古里近く、京都市左京区・下鴨神社の境内に広がる「糺(ただす)の森」です。
糺の森は、高野川と鴨川の氾濫によって形成された山城原野の名残であり、樹林面積は9.08ha。川の氾濫という攪乱作用によって植生遷移が止まり、ケヤキ、ムクノキ、エノキといったニレ科の落葉広葉樹が林冠を構成しています。 そのため、照葉樹を主体とする他の社寺林とは異なり、明るく開放的な雰囲気が特徴です。
疾走する馬上から的を射る「流鏑馬神事」、王朝絵巻さながらの「葵祭」、そして古書ファンが集う「下鴨納涼古本まつり」――。 この森は、俗世と聖域のあわいに存在する独特の空間として、京都の人々に親しまれてきました。 木漏れ日の下で読書や昼寝をしたり、ボール遊びに興じたり。訪れる人々は思い思いの時間を楽しんでいます。
私自身も、この森で人生の折々を過ごしてきました。 幼少期には昆虫採集のフィールドとして、青年期には孤独や不安と向き合う場として、そして伴侶とともに歩み出した記憶の地として――。
糺の森が糺の森たり得るのは、やはりケヤキ、ムクノキ、エノキが林立しているからです。 氾濫原由来の落葉広葉樹こそが、この土地本来の森を育み、人々が集う空間をかたちづくっている。その場所に根を張り続ける樹木の存在は、土地の風土や固有性を雄弁に物語っています。
一方、日本の山間部に目を向けると、森林面積の約4割にあたる1,029万haを占めているのは、スギやヒノキの人工林です。
その多くは、本来その土地にあった植生とは異なり、担い手不足などから手入れも行き届いていません。森林の公益的機能の低下が懸念されるなか、「適地適木」(その土地の環境に合った樹種を選んで植えること)の理念が見直されつつあります。 そして、土地本来の植生群落を再生し、景観的にも生態的にも自然に近い森へと導こうとする取り組みが、各地で始まっています。
野迫川村でも、管理が行き届かない人工林や、植生が失われた山地斜面において、令和3年度より針広混交林への誘導を進めてきました。さらに令和7年度からは、「一般社団法人more trees」(東京都港区)と連携し、「多種共存の森づくり事業」を展開しています。
この事業では、「NPO法人森林再生支援センター」の常務理事・髙田研一氏が提唱する「自然配植」と呼ばれる森林再生技術を採用。施工地の立地環境に適した、遷移段階の異なる多様な樹種を混植し、階層構造の発達した群落を短期間で再生することを目指しています。
「自然配植」では、どこにどの樹種を植えるか、場と樹種の特性を踏まえた植栽設計が肝となります。 地質や水みち、土壌型、斜面方位など立地環境を見極め、将来の樹冠の発達を予測しながら高木性樹種を配置。さらに、ランダムかつ集中分布となるよう、亜高木性樹種や低木性樹種を組み合わせていきます。 この手法には、緻密な観察眼と、各樹種の成長特性への深い理解が求められます。
そこで事業開始にあたり、「自然配植」の先行地である三重県大台町・宮川森林組合から講師を招き、ワークショップを開催しました。
講師を務めてくださったのは森正裕さん。国の天然記念物・大杉谷の山小屋支配人として20〜30代を過ごし、現在は大杉谷山岳遭難救助隊長、環境省自然公園指導員としても活躍されている、紀伊半島の山々を知り尽くしたエキスパートです。
森さんはまず、現場周辺の植生を注意深く観察し、配置する樹種を選定。 斜面の凹凸、土粒径や風化状況、水みちの有無にも目を凝らしながら、遷移段階や階層構造といった樹木たちが織りなす生態系を想像し、配植図を仕上げていきました。 完成した図面には、森の未来が静かに息づいていました。
果たして10年後、20年後、この森はどのような姿を見せてくれるのでしょうか。 森さんはこう語ります。
私たち人がそうであるように、この地球上のどんな一本の木も、それ単独では存在しない。 木々だけでなく、昆虫や鳥、動物たち、人も含めて、多くの命の関係性の中で、じっくりと培われていくんですよ。
挑戦は、いま始まったばかりです。
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